はじめに:決算発表は「会社が一番見せたい顔」です
決算短信や決算説明資料は、ルールに沿って作られていても、どの数字を大きく見せ、どの数字を小さく扱うかは会社が選べます。粉飾のような違法行為でなくても、合法の範囲で「良く見せる工夫」は日常的に行われています。本記事ではこれを「決算のお化粧」と呼びます。
配当を目的に長期保有する投資家にとって、これは他人事ではありません。配当の原資は最終的に「本当に稼いだ現金」です。見た目の利益が伸びていても、現金が伴っていなければ、数年後に減配という形でツケが回ってきます。
この記事では、よくあるお化粧の手口を具体例つきで紹介し、最後に配当投資家が決算を読むときのチェックリストをまとめます。
よくあるお化粧の手口7つ
以下の例に出てくる会社や数字は、仕組みを説明するための架空のものです。
1. 「調整後利益」で悪い費用を外す
決算資料の1ページ目に「調整後営業利益」「コア利益」「EBITDA」などの独自指標が大きく載っていたら注意が必要です。これらは会社が自分で定義した指標で、どの費用を除くかを会社が選べます。
例:A社の決算説明資料の見出しは「調整後営業利益 過去最高の120億円」。ところが決算短信の正式な営業利益は40億円でした。差の80億円は、リストラ費用、買収した会社の無形資産の償却費、株式報酬などを「一時的・非現金だから」と除いた分です。しかしA社は毎年のようにリストラ費用を計上しており、実態は「毎年かかる費用」でした。
見るポイント:調整前と調整後の差がどれだけあるか、そして「一時的」とされる費用が毎年出ていないかを確認します。
2. 一時的な利益で本業の不振を隠す
土地や保有株式の売却益、子会社の売却益などは、その年だけの利益です。これで最終利益が増益になっても、本業が強くなったわけではありません。
例:B社は「純利益30%増」と発表しましたが、内訳を見ると投資有価証券売却益が50億円ありました。それを除くと、本業の営業利益は前年比15%減でした。
見るポイント:特別利益・特別損失の欄と、営業利益の増減を必ず分けて見ます。
3. 悪い数字は「まとめて一度に」出す(ビッグバス)
経営者が交代した年などに、減損損失や引当金を一気に計上して大赤字を出す手法です。翌年以降は費用が軽くなるため、「V字回復」を演出しやすくなります。
例:新社長が就任したC社は、初年度に工場の減損300億円を計上して赤字に転落。翌年は減価償却費が減ったことで営業利益が倍増し、「改革の成果」と発表しました。
見るポイント:回復の理由が「売上の成長」なのか「前年に費用を前倒しした反動」なのかを確認します。
4. 売上を前倒しする
期末に代理店へ大量に出荷して売上を計上する「押し込み販売」や、長期契約の売上を早めに認識する方法です。今期は良く見えますが、来期の売上を先食いしています。
例:D社は第4四半期に売上が急増し通期目標を達成しました。しかし同時に売掛金が前年比60%増え、翌期の第1四半期は売上が大きく落ち込みました。
見るポイント:売上の伸びより売掛金や在庫の伸びが大きくないかを見ます。
5. 比較の基準を都合よく選ぶ
「前四半期比」「為替を除いた実質ベース」「既存店ベース」など、比べ方を変えると同じ数字でも印象が変わります。
例:E社は前年同期比では減益でしたが、資料の見出しには「前四半期比で増益」とだけ書いていました。季節性のある事業で、前四半期がもともと弱い時期だっただけでした。
見るポイント:前年同期比(YoY)の数字を自分で探して確認します。
6. 業績予想を低めに出して「上方修正」を演出する
期初の会社予想を保守的に出しておき、途中で上方修正を繰り返す手法です。「予想を上回った」というニュースは株価に好材料になりやすいためです。
例:F社は毎年、期初予想を控えめに出し、第2四半期と第3四半期に上方修正するのが恒例になっていました。実際の利益成長率は年3%程度で、修正の見出しほど成長していませんでした。
見るポイント:上方修正の回数より、過去数年の実際の利益の推移を見ます。
7. 1株当たり利益(EPS)を自社株買いで押し上げる
自社株買いで株数が減ると、利益が同じでもEPSは増えます。株主還元としては良いことですが、借金で自社株買いをして「EPS成長」を演出している場合は要注意です。
例:G社はEPSが前年比8%増でしたが、純利益は横ばいでした。株数が8%減っただけで、その資金は社債の発行で賄われていました。
見るポイント:EPSだけでなく純利益そのものと、有利子負債の推移を見ます。
実在企業の事例
「調整後利益」の差は珍しい話ではありません。2015年度、ダウ平均構成企業の調整後EPSは、正式な会計基準のEPSより約31%高かったという調査があります(Cornerstone Research)。以下は、その差が極端になった例です。
| 会社 | 時期 | 会社が強調した数字 | 正式な数字 | 手口 |
|---|---|---|---|---|
| WeWork(米) | 2019年上場申請時 | 独自の調整後EBITDA:2019年1Qの損失約2.1億ドル | 営業損失 約6.4億ドル | 家賃コストの一部などを除いた独自指標(手口1) |
| バリアント(米・製薬) | 2016年1Q | 調整後EPS +1.27ドル(黒字) | 1株当たり −1.08ドル(赤字) | 買収関連費用やリストラ費用を除外(手口1) |
| 東芝(日本) | 2008年度〜2014年度3Q | 各年度の決算 | 利益の過大計上 計1,518億円 | 工事費用などの過少計上(違法な粉飾) |
WeWorkは、上場申請の前に「コミュニティ調整後EBITDA」という、マーケティング費や一般管理費まで除いた独自指標を使い、強い批判を浴びました。上場は2019年に一度撤回されています。
バリアントについては、米証券取引委員会(SEC)が、正式な数字を調整後の数字と同じくらい目立たせるよう求めました。買収で成長してきた会社が買収関連費用を「一時的」として除いていた点も問題視されました(Fierce Pharma)。
東芝は合法なお化粧の範囲を超えた粉飾の例です。経営トップが「チャレンジ」と称して過大な目標を求め、利益の水増しが組織的に行われたと第三者委員会が認定しました。発覚後、東芝は期末配当の見送りを発表しています(CNN)。見た目を良くしたいという圧力が強まった先に何が起きるか、配当投資家にとって重い教訓です。
配当投資家のための決算チェックリスト
決算発表を見たら、説明資料の見出しより先に、決算短信の数字で次の点を確認しましょう。
- ☐ 正式な営業利益・純利益は、調整後利益と比べてどれだけ違うか
- ☐ 「一時的」とされる費用が、過去3〜5年で毎年のように出ていないか
- ☐ 特別利益を除いても増益か(本業の営業利益は伸びているか)
- ☐ 営業キャッシュフローは純利益と同じくらい出ているか
- ☐ フリーキャッシュフローで配当を払えているか(配当総額 ÷ フリーキャッシュフロー)
- ☐ 売掛金や在庫が売上より速く増えていないか
- ☐ EPSの伸びと純利益の伸びに大きな差がないか(自社株買いの効果を分けて見る)
- ☐ 有利子負債が増えていないか、配当や自社株買いを借金で賄っていないか
- ☐ 前年同期比(YoY)の数字を自分で確認したか
- ☐ 監査法人の交代や、決算発表の延期がないか
特に大切なのはキャッシュフローです。利益は会計の工夫で動かせますが、現金の出入りはごまかしにくいからです。配当は現金で支払われるので、配当投資家は「利益」より「現金」を信じるのが基本です。
まとめ
決算発表の「お化粧」は、多くが合法で、どの会社も多かれ少なかれ行っています。問題は、お化粧に気づかずに見出しの数字だけで判断してしまうことです。
配当投資家が身を守る方法はシンプルです。会社が強調する数字ではなく、正式な数字とキャッシュフローを見ること。そして1回の決算ではなく、数年分の推移で判断することです。長く安心して配当を受け取るために、ぜひ次の決算から上のチェックリストを使ってみてください。
※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。
